あるホールのオルガンパイプ修理 9
画像を使った記録と問題の検証


 組込みを終えたパイプはそのままではきちんと鳴らない。 整音を施した。 パイプの壁厚が薄い(つぶれた原因の一つ)からであろう、音量を取ろうとすると音が揺れることに悩まされた。 何年かの内には大規模保守作業を行わなければならないことは判っている。 今あまり手を入れすぎることは避けたい(大規模保守で改良する余地が少なくなるので)。 今回はある程度のところで妥協することで許して頂いた。

 残念ながら、整音作業中の画像はろくなものが無かった。 自分が作業に集中してしまうし、全員静けさの中である種の緊張感があるためであろう。

 オルガニストのお話では、修理したパイプは 「完成以来、聞いたこともないほど良く鳴っている」 そうだ。  その他にも整音がひどくくるっているパイプは可能な範囲で修正した。 パイプの足が自重でつぶれ始めているものも何本か見つけた。 差し当たり危険は無いので今回は修理を断念した。 気付くところを全て修正しようとすれば 月単位の作業になってしまう、大規模保守の時まで我慢することとした。

 大規模保守の時に改良するべき点、改良できる点などはもちろんメモを残した。
改善の余地が充分にあるオルガンである。 この楽器が大規模保守でどこまで変わるか、楽しみになってくる。


その他の作業

 

 このオルガンの構造はかなり心もとない。
建築躯体にケミカルアンカーを打って、オルガン前部の柱と繋いだ。 これで充分とは到底言えないが、オルガン前部が屈曲するのをある程度防げると思う。

 いずれ近い将来に行わなければならない大規模保守の折にはさらに補強を追加するつもりである。

 前方に見えている梯子は、地上からSWまで一直線に伸びている。 2階の屋根まで垂直に一気に登る、と言ったらば判っていただけると思う。 かなり恐ろしい。

 ここの反対側、 Cis側にHWからSWへ登る梯子を新設して、安全に配慮した。 HWの通路が踊り場になるので気持ち的にもずっと安心になった。 仮に転落してもその距離ははるかに少なくて済む。

 

 正面にあるパイプは地震で演奏者の頭上に落ちる可能性がある。 小さなパイプも落ちることがないように全て連結した。

 最後にリード管の調律くらいはしておかなければ ・ ・と考えて 調律の基になる Praestant 4' を点検するとかなりくるっている。 Y社が行った調律とは何であったのだろう。

  一応修正をしてリード管を調律したが、共鳴点がくるっていて音が裏返るものが多数。

 Trompette類の整音は良い印象であった。 本格的に共鳴点の修正をするのは将来の大規模保守作業に譲って、今回は使えるようにする・ ・ 範囲 手を加えた。

 結局、くるいが目立つ音栓はMixtur類も含めて、大急ぎで調律をするはめに陥った。

調律するためにパイプへ到達できない部分が多数あったので、予め取っ手や足掛かりを付けておいた。

 せめてほぼ全てのパイプへ到達できるように最初から考えてくれればよいのだが・・ 多くのオルガンはそうではない。

追記 リード管の調律ピン

 前記の調律をしている時にリード管の調律ピンがあまりにもきつくて調律しにくいことに気付いた。 かなりの数は調律不可能に近い状態であった。 普通の調律棒では手に負えない。

その後毎年の定期調律保守の時に2日余計に取って調律可能にする作業を行った。
 調律ピンを抜き、鉛ブロックの穴を広げてピンが自由に動けるようにし、ピンを再度挿入、先端を曲げて調律棒が引っかかるようにする。 鉛はドリルの刃が食いつきやすく、ドリルの刃を折りやすい。折ってしまったらば損傷を与えずに抜き取ることは不可能。神経を使う作業である。

 2年にわたり、延べ6日x3人で作業を行い全てのリード管が調律可能になった。

 左上は作業中の一駒。調律ピンを抜いたところ。
左下は  切ったピンの頭部分。 実にだらしのない曲げ方をしている。 他のCasavantのオルガンでも同様であった。これでは調律棒からの打撃力が直に伝わらないので繊細な操作は難しい。

 それにしても、Y社は調律できないリード管が多数あるにもかかわらず何年放置したままにしていたのであろう。 修正の提案も無かったようである。 調律依頼を受けた時には本当に調律したのであろうか?
長すぎる共鳴管が多数あることも意に介していなかったようである。 私の推測ではこのオルガン組立の時にはリード管を整音できる人間は来ていなかったであろう。 整音終了後にくるったという程度ではない。 この修正作業は近い将来行わなければならない大規模保守の時に落ち着いて行いたい。

                        Apr.2008追記

 当初、我々が受ける仕事ではないと考えていた、 『日本のオルガン製作者に任せたい』 というオルガニストの意向を知るにおよんで、それに応えなければ ・ ・ と強く思うようになった。

それに加えて
 自社で輸入したオルガンに対するY社の頼りない対応に対して、
        
『日本人のオルガン製作者の力量を世に示す機会』
これを逃すことはない、と考えたことも事実である。

ともあれ、一部危険な作業が伴う(この大きさのパイプは落としてしまったらば新しくする以外に方法がない)この作業を無事に終えることができた。 作業に参加してくれた全員の協力があったからできた仕事であった。 感謝のうちにこの項を終わることとする。

 工房で一緒に働いている二人は、私の作業の進め方を見て、私がこのような作業をすでに何回と無く経験している と思っていたそうである。 何をあかそう、16'のパイプを修理するのは私にとっても初めての体験であった。 中新田バッハホール(現、宮城県加美群加美町立バッハホール)のパイプが屈曲してしまったときに現場で修正を施したことはあるが、これほどの修理ではなかった。 小さなパイプを作る経験を基に、大きなパイプにどのように対処するか思考をめぐらせてゆけば何らかの解決は見つかるものである。 条件によってはパイプを一新しなければならない場合も出てくるであろう。 今回はその必要が無かったことは幸いであった。

国際オルガン製作者協会ISO機関紙
2003年11月号を開いて改めて考えさせられた


 遅れて出たISO Journal 昨年11月号に米国ヴァージニア州スタウントンで行われたパイプ修復講習会の報告記事が掲載されていた。

 講師の中心はChristoph Metzler(スイス)であった。
彼は講習で概略
「どのような状態にあろうとも修復できないパイプはない、破片と言えども大切に使うこと」
と言っている。

 今回の修理など、左の画像と比較すればなんとたわいのないことであった。

 上のパイプが、左のように修復されている。
おそらく8’のパイプであろうが、それにしても困難で忍耐の要る仕事を美しくこなしている。

敬意を表するに値する。 あえてここに記しておきたい。

 文化財としてのオルガン修復と 今回のように新しい楽器の修理とは次元が異なる。 かけ得る時間と費用 も自ずと異なる。 どこで良いバランスを取るかなかなか難しいところではある。

 再び同様な作業に迫られた場合、自分としてはやはり鳴っていたパイプを最大限大切にして作業を行いたいと思う。

Fotos:aus ISO Journal November 2003.
    Seite 63
Aufgenommen:bei Robbie Lawson
zur Verfuegung gegeben:
   Taylor and Boody Organbuilders.

Juni 2004




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Angefangen 17.Feb.2004