北浦和カトリック教会のオルガン改造  2000年春実施

1982年春 まれな運命をたどって北浦和カトリック教会に来たオルガン。 18年を経ていろいろ問題が出てきていました。 大掃除をするに当たり改良もしたいという私の提案を教会が受け入れてくださいました。


楽器の由来

 ヤマハ 日本楽器のオルガン部門が輸入販売したこのオルガンが納められたのは四国にある不動産会社のビル5Fのホールでした。 この会社が倒産した後 このビルと一緒にこの楽器は某興行 の所有となっていました。

 当時の北浦和カトリック教会主任司祭 山辺師 はご自分の転任に先立ちこの教会にオルガンを残すことを画策され、須藤オルガン工房にご依頼いただきました。
 しかし、大きなオルガンの製作を抱えて 3ヶ月の納期ではどうしようもなく、お断りせざるを得ない状況でした。 何か次善の策はないかとのお問い合わせで思い出したのがこのオルガン、 その少し前に愛媛県北条市の聖カタリナ学園のオルガンを作った折に私はこのオルガンを見ていました。

   『このチャンスを逃したらばこの教会にオルガンはもう入らない』

という山辺師の思いから、この建物には小さすぎることを理解して頂いたうえで、解体運搬の作業を当工房にておこないました。

 製作はカナダのCasavant(カサヴァン社)、 教会の備品全般を手がける会社です。
カタログに載っているこのオルガンはおそらく 家庭用ないしは音楽学校の練習室用として量産されたものと思われます。 小型に作るためパイプのメンズールは極端に細く、また全ての 8’音栓は低音部1オクターヴを1列のパイプで共用しています。

 オルガンを教会に搬入して組立て、整音にかかったところ,リード管の共鳴調整をした痕跡がまるで無く、共鳴点と調律点に関連性がないのに驚いた記憶があります。 さらに、組立てを担当した日本楽器の人物は整音の経験が無い人であったと後で知り驚いた次第です。


その後

 教会から依頼を受けるごとに調律などの保守を施してきました。 ただ、その作業の結果に満足して心地よく帰れる種類のオルガンではありませんでした。

ここ何年かは
 鍵盤部の解体を必要とする故障
 木管の割れ 木管歌口部分にカビが生えて音量が落ちる
 リード管の調律ピンがきつくなって ほとんど調律できない
 などの障害のほか、 長年のほこりもたまり、掃除の必要もでてきていました。

当初より一部調律不能なパイプ(手が入らない)があったり、保守性が非常に悪い部分があったので、それらの改良も行わなければなりません。

 整音についても自分の18年間の経験の蓄積をつぎ込んで見なおすことにしました。 確実に良くなると知っていれば是非ともそれを行ないたくなるものです。

 当初費用の制限などで 吹子の改良については決めかねていました。結局これも実施しました。 このような機会は今後10年は巡って来ないでしょう。逃すにはあまりにも惜しいのです。
そしてもし次回の大規模保守作業を私が行えなければ、他にこのようなことに考えが至るオルガン製作者はいないと思われるからです。



今回の作業の目的

1. いわゆる10年大規模保守(10年目にできることは滅多にない、今回は18年目)
   大掃除 点検 調整 磨耗部分の修正または交換 など
2. 通常の定期調律の時には直せない故障を修理する。
3. 聖堂の空間に比して小さなオルガンから最大限可能性を引き出す
   音量を増やす
   建築空間をよく支える音色を目指す
4. 楽器の表現能力を高める
   メカニズムの改良
   パイプがよく反応するように整音する
   音色の対比の強調



このオルガンの構成

2段手鍵盤 ペダル付き
  Man I   Hohlflute    8'  全ての8'低音部1オクターヴはパイプ共用
         Principal    2'  正面 Prospekt
  Man II
         Gedeckt    8'
         Rohrflute    4'
         Quinte   1 1/3'
  Pedal
         Gedeckt    8'
         Sordun    16'  (フォントの関係で一部楽器の表記とは異なる)

   



解体


 パイプを外した状態   かなりのほこりが積もっている、パイプの歌口部分のほこりは音色と調律に影響を与える。 小さな楽器なので掃除だけであれば作業はそれほど大変ではない。

 このオルガンでは映っている部分が手鍵盤のパイプが入る全て。 手前の送風管は各鍵盤で共用している低音部のパイプへペダルの風箱から風を導くためのもの。 この付近は折り曲げた木管でぎゅうづめであった。 そのため、調律不能なパイプもあった。

その状態の画像を撮っておかなかったのは残念である。



鍵盤の解体修理

鍵盤が引っかかる故障が頻繁に起きていた。解体してみると、楽器作りとしてははなはだ理解に苦しむ構造となっていた。
   『2点を通る直線はひとつしか存在しない』
という幾何の法則を知っていればこのような設計はしないはずである。
これでは鍵盤木部の多少のくるいでも摩擦が増大して問題を起こす。
蒸気で接着剤をゆるめて、上下2箇所あったガイドを 下一箇所のみとした。 多少鍵盤のぐらつきは発生するが、演奏には支障はない程度。

この作業は普段の定期保守で実施は無理。 多段鍵盤を解体するのはかなりやっかいな作業となる。 Koppel(鍵盤連結装置)も解体しなければ鍵盤を取り出すことはできなかった。

この鍵盤は 随所に機械設計的な発想が見られる。 それで従来よりも良い鍵盤ができているのであれば理解できるが、決してそうではなかった。 楽器作りの設計とは思えない。 大きなオルガン製作会社が陥りやすい欠点を示しているように思われた。

解体のついでに、摩擦を軽減するよう黒鉛の塗布も行った。
その後、メカニズム全体を組立ててもとにもどした。

 それだけの作業であるが、摩擦を少なくする努力と注意深い組立によってオルガニストには直ちに変化が判るほどの演奏感覚の改良が出来た。



送風系の改良

 多少の風漏れの修理を要する程度で大きな損傷は無かった。
しかし、風箱直下のコイルスプリングで加重する小さな遊動吹子で全てのWerkをまかなうことは決して感心したことではない。 送風系の改良は整音の改良のように顕著な変化はない、しかし、整音作業に影響するところが大である、そしてオルガンの本質にかかわる改良が期待できる。

重りを使った蛇腹型の吹子は
   ・反応がやんわりして微妙に音が軟らかになる
   ・容量が大きく大音量のときにもへたれることがない
   ・適度な風の揺らぎが得られる、   などの特徴がある。

ここ、Cis側側面に 蛇腹型吹子を新設する
右下は送風機からの風が来る、上には新しくあける穴の位置が書いてある

取りつけ調整中
重りが不足して締め具を代用している
内部にある従来の吹子は動作を止めた
 楽器を解体しながらいろいろと考えを巡らせていたが、なかなか良い案が出てこない。  楽器が小さく内部には改造の余地が無い、普通に外に取り付けると場所を取りすぎる。 電動送風機箱の上に付ける手もあるが、送風機のメンテナンスが厄介になる。 楽器の中の送風管の断面積が小さく、吹子で調圧した後の風を送るには心配、風圧を上げたいがもとは60Hz地域にあったので関東地方では送風機の力がたりない、費用のことも考えなければならない。 など解決が難しい問題ばかりであった。

 鍵盤の修理などをしながら楽器のそばをウロウロしていていると案が浮かんできた。 この手のウロウロは私の良く取る方法である。 あせらずに常に頭に持っていると解決が浮かんだり決心が付くものである。

 ・仙台白百合学園のオルガンで行なったように 吹子は縦に付ける
 ・吹子が縦なので、ManualとPedalの風箱の間の風の流路として吹子の中を使える
 ・風量調節弁は送風機箱をオルガン本体から20cm弱離してその間につける
 ・費用はかかるがこの際インバータを入れて電源周波数を変換しよう
 ・見た目はある程度犠牲になってもしかたない。

 ということで、作業開始3日目に一旦帰工房を決意、細かに採寸の上で修理や改造する部品類を車に積んで帰途についた。 機能優先で吹子の木工芸的な仕上がりは断念し残材を有効利用して制作した。 電源の周波数を上げるためにはオムロンの小型インバータを発注。 テストしたところオルガンにはうってつけの仕様と性能を持っていることが判明した。 今までもオムロンはオルガン制作に有効な部品を多数供給してくれている。 今までの経験では非常に信頼性がありまた、問題がある場合の対応も実にしっかりしていた。

鍵盤横にある吹子を加圧する重り
オルガンの後側にも同様な重りがある

吹子の動きを調節弁にフィードバックする仕掛
下は風量調節弁

 従来の吹子と比較すると貯風量は概算20倍となった。 インバータの助けで送風機を70Hzで運転し、従来の風圧が水柱65mm 新設定では余裕で水柱85mmとすることができた。 この結果整音にも大きく可能性が出た。

もし今回この作業をしておかなかったらば、今後このオルガンを見るたびに後悔することになったであろう。 やはり良いと思ったことはしておくべきである。



整音の改善

 

風の準備が整うといよいよ整音である。 吹子を作るために一旦帰工房した時、一部のパイプも持ちかえり準備を行なった。

その内容は
   ・ 8'音栓が貧弱であったことを改善
   ・ 2'の音を 柔和で他の音と融合するように
   ・ Man I と Man II の対比を改善する
   ・ Pedalの16'(リード管)をできるだけ柔らかく
      (倍音しか聞こえない)
   ・ 閉管高音部の調律が安定するよう、調律蓋を
      半固定とし、調律髭を設ける

 Man I の8' はこの楽器の芯になる音栓であるので音量・音色ともに充実させたかった。

そのために、異常に細いメンズールのパイプの最低音に3本(C,Cis,D)新しくパイプ(笛)を作り加えることとした。 そして、従来のCのパイプをDisとして、CisのパイプをE・・・とずらすことによって全体に3半音分メンズールを太くした。 欲を言えば高音部でもっと太くなる様に中音部にも何本かパイプを加えてさらにずらしたかったのであるが、これは断念した。(これはオルガンを解体しなくても随時実施できる)

 木管は全てオルガンの外に出し、背面に取りつけることにした。

 従来の木管はオルガン本体の中に折り曲げて入っていた。 非常にパイプが混雑し発音にも悪い影響が出ていた、その上保守性は非常にわるかった、今回大きく改善できた。 曲げてオルガン本体に入れてあった木管は(そのままでもまともに鳴るのであるが)接着をはがしてまっすぐにした。

 閉管の高音部では、調律蓋に使ってあるフェルトが音色に悪い影響を与えることが知られている。 これは物理的にも説明がつくこと(共振体の内部に吸音材があれば Q値を下げ、共振が先鋭でなくなる)であり、f''あたりから全てのパイプを改造したいところであった。 この作業はオルガンを解体しなくても随時行えるので、今回は断念した。 一本だけどうしてもきれいに鳴らないパイプがあったので、このパイプだけは蓋を改造して半田付けで固定した。

 これらのパイプは材質も工作も優れているわけではなかった。 しかし、18年間毎日のように弾かれていたオルガンのパイプはそれなりの良い鳴り方をしてくれるものである。

オルガンを大切にしまっておくのではなく、大切によく弾いてくださることは オルガンの最大の保守であるということがここでも実感できた。

オルガン背面に移動した木管
右側3本は新しく作った木管(一番右Cは作業台で作業中)
木管の途中に見える茶色のものは、曲げてあった木管をまっすぐにした痕の羊革の目貼り

工房での予備整音
Man I の8'は全て3半音ずらした。 パイプの長さを3半音分短くしたうえで整音しなおした。 これらのパイプのパイプ支えも全て大きくしなければならない。

同様 工房での作業
調律髭を付ける準備

左は

追加する3本の木管のメンズールを決定するために現場で作った図表

x軸は16半音で1/2となる等比数列をなしている。




 当初1週間の予定であった(改造を含まない)が、実質作業は3週間におよんでしまった。 この教会のオルガニストは作業終了予定から1週間後に 受難節のオルガン演奏会 を計画されていた。  全ての作業が終わったのは、演奏会当日の昼であった。

 演奏会の準備は調律の終わってないオルガンや、一部のパイプだけのオルガンでするということに耐えてくださった。 演奏の技量、オルガンに対する理解も十分、そして自分の名誉のために演奏しているのではないことが伝わってくるオルガニストであった。 この小さなオルガンを自分に与えられた世界として不満ももらさず、その可能性を引き出して教会の音楽に使うことに努力を惜しまない。 日本の教会オルガニストとして、特にカトリック教会のオルガニスト の中ではまれであるが、望みうる最良な存在と思われた。

 当初は通常の大規模保守作業の範囲と考えて 提案をしていたにもかかわらず、私がこれだけの改造をする意欲を持つようになったのはオルガニストの理解と努力によるものであった。 久々にオルガニストに恵まれた仕事となったのでした。

 教会の音響に助けられた面もあるが、自分でも予想できなかったほど、このオルガンは生まれ変わった。 



 土曜日の演奏会、そして翌日のミサに参加して、オルガニストだけでなく 一般の信者の方々にも確実に改良の成果を判っていただけたことが実感できた。

 日曜日のミサの後 今回の作業について皆さんの前で話をする時間を頂いた。

 『オルガンをどんどん使ってください、 つかっていたむ物でもありません、減るものでもありません。 弾いて壊れたらばオルガン製作者の責任です。 おもちゃにしてはいけません、でも子供にも弾かせてください。 心配はいりません。 音楽をするためにオルガンを使ってください』

というような話をしたところ、信者の皆さんにとっては新鮮だったようです。 オルガンは確かに教会の宝です。 しかし、使う宝であり、2000年来の教会の宝すなわち教会音楽 をするための宝です。
さっそく、子供のためのミサでは今まではオルガンを使っていなかったが、今度使うことになったそうである。

 オルガン製作者としての喜びは 自己満足にあるのではなく このようにオルガンを使う方々の喜びとなることにあるのです。
忍耐強く 私の作業を見守り 助けてくださった教会・アッシジの聖フランシスコ会修道院・オルガニストの皆さんに感謝致します。


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Angefertigt Juni 2000