ある教会のオルガン改造


 日本を代表する楽器会社のパイプオルガン部門がドイツLaukhuff社から輸入・納入、1981年に 完成した二段鍵盤のオルガンの現在までの歴史は示唆に富んでいます。 (あるホールのオルガンパイプ修理 記北浦和カトリック教会のオルガン改造記 あるホールのオルガンパイプ修理  のオルガンも同じ会社が輸入販売している)
これからオルガンを考える教会の参考になさってください。

 納入した会社は教会の度重なる要請にもかかわらず調律など保守をしなかったため、教会の要請で当工房にて保守を担当することとなりました。 1984年だったと記憶しています。


写真1 改造前
正面のパイプは 2'
改造後の写真では 4' になっています


写真2 改造後
左の木管は後に移動しました
右上に移動した木管が一部見えています。
低音の木管は配置により鳴り方が大きく変わります。


写真3 改造後のSubbass 16' 低音部
右はオルガン本体 左は礼拝堂後ろ壁
色が薄いパイプは追加した木管
作業通路も新たに付けました

写真1 改造前(左)改造後(右)のオルガン

 この教会のオルガニストは何人かおられますが、皆さんオルガンをきちんと練習をして奏楽に臨むまじめなオルガニストでした。 オルガニスト方は当初からこの楽器のレベルを理解しておられました。 しかし、教会内の諸般の事情からこの楽器を選ぶ事となったようです。 当時、オルガニストの影響力が不足したことを残念がっておられました。

 私にとってこの楽器は、調律などをしても甲斐がない楽器で、あまり気乗りがしなかったのは事実です。 多少整音の改良なども試みましたが、ほとんど実はありませんでした。 毎年調律などをしながら観察していると問題点が明瞭になってくるものです。 作業の度に気づいた点を記録していました。

 たしか、1993年だったと記憶しています。 私が、改良案をあたためていることを知ったオルガニストからそれを見せてほしいと言われました。 オルガニストは良いオルガンを新たに望むことは叶わないが、改良することに希望を繋いでおられたようです。

 しかし、すべての改良を施すとすれば、電子楽器、それもかなり大型の電子楽器が買えるほどの費用がかかってしまいます。 実現するとすれば、これは教会の大英断です。

 実現しそうなので正式に見積もりを出してほしいという連絡を受けたときにもまだ半信半疑でいました。 しかし、教会はこのオルガンを私に任せることにしたのでした。

 作業内容を検討する話し合いの席では「もっと音栓を増やせないか」という希望も出ました。 技術的には可能でした。 しかし、この楽器にはそれなりの "良い加減" があります。加減をあやまると良いことはありません。 この楽器相応の案で皆さんに納得していただいた次第です。

契約の時、

「素人が聞いても良くなったと判るようになりますか?」

と聞かれたのを覚えています。

改良後初の日曜礼拝の後、普段はまるで音楽に興味を示さない教会員がオルガニストに近づき

「やった甲斐があったね」

と言って下さったそうです。

オルガン製作者にとって、これほどうれしいことはありません。

 実際このオルガンの改良は私が予想した以上の成果をあげることができました。 われわれの名前を楽器に残しても良いと考え、「改良作業 1995年 須藤オルガン工房」と羊革に書き演奏台に残しています。


以下に改良作業の内容を記します。

かなり専門的な内容になりますが、十分な考察を経るとここまでできるのだという例としてご覧ください。 このような作業はあくまでも年月をかけた観察と考察を経て立案できる種類のものです。 ご依頼があっても直ちに案を出せるというものではありません。

音栓の改造 実施1995年

改造前
 

改造後

 改造の方法と、コメント
第一鍵盤      
Gedackt  8'
> Gedackt   8' しっかりと支えてくれる 8' にするため、低音部に4本のパイプを追加して従来のパイプを高音側に移動、長さを切り、メンズール(パイプの寸法)を太くする。
Principal  2'
> Principal   4' 場所と、空気量に余裕があったので、パイプを新調して Principal 4' とした。 奏楽、伴奏ともに 2' とは比較にならないほど充実した響きを期待できる。
第二鍵盤      
Weidenpfeife 8'
> Flute    2' Weidenpfeife 8' をなぜここに使ったのかまったく理解できない。
教会オルガニストにとっても使い道がない無駄な音栓であった。 ということは、このオルガンに第二鍵盤が存在する意味がほとんどないということになってしまう。
 低音部は閉管を使っていた。 中音部から長さを半分に切ってメンズールを太くし再利用し、不足する高音部のパイプを補って、2'の温和なFluteを作り出した。
Rohrfloete  4'
> Rohrfloete 8' 低音部1オクターヴは第一鍵盤の Gedeckt 8' とパイプを共用して補い、8'とした。
第一鍵盤と多少性格の異なる 8' の基音を作ることができた。
ペダル鍵盤      
Subbass   16'
> Subbass  16'

 この音栓はもともと、低音部1オクターヴしかパイプは無く、中・高音部は第一鍵盤の Gedeckt 8' とパイプを共用していた。
新たに低音部に3本を新調して追加し、メンズールを太くするとともに低音部15本を独立したパイプとした。

 低音の放射に不利なパイプの配置であった。 低音のパイプはすべて、オルガンの後ろへ移動し、建築壁に直付けとした。

 低音部の従来の位置ではクリスマス礼拝の時など教会が満席になるようなときに、歌口の前に人が立ってしまい、音がまともに出ないことがあったりもした。 今後はそのおそれもなくなる。
写真3 参照

整 音

技術的な改造が終わってからすべてのパイプを整音しなおした。

 1. 従来よりも教会を良く満たすように
 2. 柔和に刺激的でなく
 3. 少ない音栓数でできるだけ変化が得られるよう  努力した。

その他の改造
 送風関係

非常に小さなばね加重の遊動吹子であったので、重り加重の蛇腹吹子に改造。
重り加重による風の柔軟性、蛇腹吹子の容量の余裕、蛇腹吹子の良好な風量‐風圧特性 は期待以上の成果をあげた。

既存の送風機で可能な範囲で風圧を上げた。

 調律関係 従来のオルガン後ろの調律扉は、開閉に伴いパイプの調律をくるわすので、使えなかった。
調律扉を上下に分割し、調律には上部だけを開閉するように改造して、調律への影響を無くした。
 メカニズム関係 鍵盤に付いていた不要な重りを取り除き、可能な範囲で摩擦を減らすことにより、弁のばねも弱くすることができた。
 その結果従来とは比較にならないほど鍵盤は軽くなり、またパイプのコントロールがしやすくなった。
 保守性 従来はオルガン背面に踏み台などを持ってこないと調律作業ができなかった。 オルガン背面と建築壁との間に調律通路を取り付けて安定した姿勢で調律作業ができるようにした。
 オルガン側面 Subbass 16' の低音部がオルガン背面に移動して空いた部分を体裁良く塞いだ。
オルガンは従来よりも30cmほど出たが、側面に場所が空いた結果、教会として利用できる床面積は増加した。 写真1と写真2 参照


最後に
この事例に出てくる問題点を考察してみます。

オルガンの選定は100年の計です。 仮に悪い品質のパイプオルガンであってもそれは教会員全員にとっては "教会の宝" に違いありません。  宝物は慎重に選んでいただきたいのです。
参考にしていただくために、あえて私見を公表いたします。
教会にとって適切な選択であったか
 納入業者は適切な助言をしていたか
 この教会の建築規模からすれば音栓数は間違いではない。
 しかし、この音栓の構成は練習用楽器としてもまことに貧弱で、教会で使用するオルガンとして薦めるべきものではなかった。

 そもそもLaukhuff社が音楽大学の練習室用に量産しているオルガンを平気で教会に納める輸入業者の姿勢は批判されるべきと考える。
教会は適切な選択をしたか

 残念ながら、オルガニストは楽器の選定に積極的にはかかわれなかった。
オルガンは建築、用途を理解し、教会のもつ雰囲気も含めて十分に吟味して個性的に作ってこそ "うちの教会のオルガン" と言えるものができるのです。

 多くの教会ではオルガンについての知識をまったく持たない財務委員に楽器選定の権限が委ねられている。
 是非オルガンを使う立場のオルガニストの意見も吸収し、より良いオルガンを選定されるようにしていただきたいと思います。
オルガンはカタログで仕様を見て選ぶ工業製品とは異なります。

設置作業は適切であったか この規模のオルガンでは設置の技術的問題は大きくない。
この楽器にとって致命的であったのは

 1. もともとのレベルが低く
 2. 建築空間との整合を考えた設計が無い既製品を
 3. 教会に何らアドヴァイスをしない輸入業者が納入して
 4. 音響空間に合わせた整音をできない人が組み立てた

     ところにある。
完成してからの保守は

 度重なる要請にもかかわらずオルガンを納入した会社は来てくれないとのことで、当工房に緊急の修理依頼があったのは1984年頃と記憶している。

 保守をしない、またはできないのであれば、売るべきではない
残念ながら、これは、オルガンを輸入している国内の全ての業者に当てはまることである。
当然、そのような業者には改良の提案などする意欲もないし、する能力もない。

 オルガンの保守能力はオルガン製作能力と切り離すことはできないことを知っておいてほしいのです。

改造という選択  どのように頭を働かせても、すでに完成している楽器を改良するには限度がある。 この例でも Gedeckt 8' の低音部は3つの鍵盤で共用せざるを得なかった。

 すでに存在する基本設計まで変更することは事実上できない。 その範囲で何ができるかということを考えるのが 改造 という選択である。
このオルガンの場合、購入費用と改造費用を合わせれば、質の良いオルガンを最初から手に入れることができた。 後悔先に立たずである。

 オルガンという楽器を選ぶのは量産品をカタログから選ぶこととは大きく異なることを知って欲しい。
そして、オルガンの保守が簡単ではないということを理解していただきい。 あえてこのような問題点を指摘した。

 質に問題があるオルガンであっても、十分な観察と考察を経れば、限度があるとはいえ、何らかの対策を施すことも可能であることも知って頂きたかったのです。 そして、その違いはまったくの素人が聞いても判るほど大きいのです。

 幸い、この教会のオルガンは改造を考えられるレベルの楽器であった。 そのレベルに無い楽器に出会ったこともある。 オルガン製作者の立場からするとそのようなオルガンに手をつけることは危険きわまりないことになってしまう。

 


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 Angefertigt A.D.1999