宮崎県立芸術劇場オルガン 組立の記録

う ら 話 3


3.現場作業 と 建築工事

 現場組立作業に入る予定の1ヶ月ほど前であったであろうか、工房に電話が入った。 建築の音響設計を担当していたヤマハ音響研究所(組織が変わり、現在はこの名称はないようである)の川上所長であった。

 用件は、「ホールの内装が終了をしたら音響測定をする、オルガンの部材はその後搬入するように」ということであった。 「測定する前には絶対に搬入させないぞ!」という強い口調であった。

 私は、川上所長に「搬入の日取りは5月4日です、その前にどうぞ・・」と伝えた。 搬入前にホールの内部の工事は全て終っている約束になっていた。
かれは、ちょっと怪訝な声で「えっ、工事が終るまで搬入の予定は無いのか?」というような反応であった。 「契約でそのようになっています」と答えると、所長は驚かれたようであった。

 「未だかつてオルガンが入る前と入った後の2回の測定ができたことはなかった」(オルガンが建築音響に与える影響を測るため)のだそうだ。 「未だかつて・・」というのは全てヤマハのオルガン部門が輸入設置した例である。 彼の願望は自社が輸入した複数の楽器では実現されず、皮肉にも、私の楽器で実現されることとなったのである。
所長はオルガンが入るホールの音響設計の資料として是非ともオルガンが入る前の完成したホールで測定を行いたかったのであろう。 それまで、オルガンが入るホールの設計に携わることはあっても、ホールが完成する前にオルガンを運び込んで組立を始めてしまうのでまともな測定が出来なかったそうである。

 ヨーロッパのオルガン製作者の多くは建築工事との同時進行は避けるように要求している。 少なくとも整音作業時の静寂を要求している。 しかし、私が知っている範囲でも、輸入業者が施主と交わしたオルガン納入契約には建築工事とオルガン組立が平行しないようにする配慮が全くなされていない例が複数ある。 本来あるべき姿を曲げてでも契約を取るのであろう。
そして、来日したオルガン製作者が現場の状況を見て、「一旦帰国する」と言い出した例もいくつか知っている。 輸入業者はなんとかなだめすかしてことを進めてしまうようである。

 私は、オルガン製作契約に 「オルガン設置空間の建築工事が終了しなければオルガン部材搬入をしてはいけない」という条項を設けている。 これは私の側からだけでなく、発注者の側からもそれを禁止する内容になっている。 作業がしにくいだけでなく、楽器にその結果を永久に残すことになるからである。 すなわち、建築工事とオルガン組立作業は決して並行してはいけないということである。
オルガン組立と建築工事は到底同時進行できる種類のものではない。
オルガン製作者は、正当な要求を通す確固たる信念と覚悟を持つべきであろう。
多くの輸入業者が安易な妥協をするために、私も「他所ではやっているのに・・・なぜできない」などと責められることになる。 迷惑な話である。

 ここに述べたことは、ヨーロッパでは当たり前になっていることであるが、日本の実情は惨憺たるものである。
床をまだ雨水が流れる状態でオルガンを組み立て始めた、などという 楽器を作ることからはおよそ想像を超えた作業を行った例まである。
それを強要する施主にもあきれるが、それをのむオルガン製作者にも驚く。
私は、楽器を作る立場としてはそのようなことに妥協できないので、過去にいくつかの仕事は失ったことであろう。 結婚式場やホテルロビーにオルガンを作る話は私の工房への話はすべてご破算になった。
そして、他のオルガン製作者や輸入業者へ流れて行った。


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