パイプオルガンと地震 I
自分の苦い経験を通して

2011年6月 3月11日発生 東関東大震災のオルガン被災状況について

地震対策についての調査ご依頼を受付けております。


 苦い経験であったが、できるだけ分かりやすく公表し、オルガンの地震対策の参考にしていただきたいと願っている。 この経験以前においても、自分のオルガンは他の多くのオルガンよりも耐震性があると思っていた。 しかし、結果はこの通りであった。 阪神大震災級の地震でなかったことが幸いだったと言わざるを得ない。

この経験の後、考え、また観察している。自分の楽器において多くの不十分な点に気付いた。
多くの輸入楽器は非常に危険な状態にあることも感じる。 オルガンが原因で人的被害に至ることだけはないように対策をしなければならない。


2001年3月24日土曜日 15時28分 に安芸灘で発生した地震は、 愛媛県松山市北条(旧 北条市)にある聖カタリナ大学の聖カタリナホールのオルガン (38音栓)にも大きな損害を与えた。  このオルガンは当工房で製作し1981年に完成した。 工房開設後 初期の楽器である。


震源は黒×印、オルガンの位置は赤×印の位置
現独立行政法人・防災科学技術研究所 K-netより

地震発生時刻 2001/03/24-15:28:00.00
震央北緯 34.1°
震央東経 132.7°
震源深さ 51.0km
マグニチュード M6.4

現独立行政法人・防災科学技術研究所 K-netより

コード

観測点名

緯度北緯

経度東経

最大加速度 ガル

計測震度

N-S

E-W

U-D

EHM007

北条市

33.962

132.772

400

394

255

5.4
聖カタリナ学園

33.971

132.785

地震発生を知ったのは、私が宮城県加美市バッハホール(旧中新田バッハホール)で作業中のことであった。 即見舞いのe-mailを送り、余裕があったらばオルガンの状況を点検して欲しいと書き添えた。

聖カタリナ大学からはすぐには返事は来なかった。 返事が来たのは26日であった。それまでは損傷が大きい建物の処置で手一杯で、外観では問題が無かったこのホールにまで手が回らなかったとのこと。 月曜日になってホールを点検したところ下のような状況であるとの画像付きe-mailが入った。


オルガンの左側(C側)の大きなパイプが落下している。

地震発生6日前の同時刻には、ステージ上にはオーケストラと合唱団が居たそうである。 無人の時に地震が発生し、パイプ落ちたことだけは、その摂理に感謝するしかない。
留守中にもバッハホールでの仕事が中断しないように準備をし、手配をして、28日には仙台空港から松山へ向かった。
空港から大学への道中崩れた壁や瓦を見かける。
大学に到着、早速ホールへ向かう、ホール内は天井(石膏ボード、吊り天井)から落ちた埃でひどく汚れていた。

パイプは頭部の損傷が大きく、床にも頭部の形状に疵が残っていた。 頭から落ちたようであった。
その後、床についた頭を支点として歌口を上にして足部分が床に叩きつけらたと推測できる。床にはKern後部の半田付け部分が当たった痕跡があった。

  

頭部は激しくつぶれ、その衝撃の大きさを物語っている、KernはKern裏側が床に当たった時の衝撃で歌口から飛び出している。

一本だけ落ちたとの報告であったので、パイプを止めていた留め金Hafteの半田付け不良を疑っていたが、Hafteは全て健在であった。  周辺の埃は天井からのもの。

オルガン内部からパイプ支えを通して落下したパイプを望む。 パイプ支えの鉄製ピン(径5mm2本)がパイプを支えきれずに曲がってしまい、パイプが脱落したことは明瞭であった。 ヨーロッパで当たり前にして来たこと以上をしているつもりであったが、地震の揺れには全く無力であった。

隣のパイプのHafte部分を見ると、鉄製のピンは曲がり、Hafteはゆがみ、今にも外れて落ちそうな状態であった。(画像ではすでに倒れ止めの紐を掛けている)  パイプが小さくなるにしたがって損傷は少なかった。

当然であるが、大きなパイプはその質量が大きく揺れから受けるエネルギーも大きい、その上ここではパイプ支えが5本のパイプを支えなければならないので、その位置は小さいパイプに制約されて比較的低い位置になる。 その結果損傷は大きくなる。 これらのパイプはHafteの変形だけではなくパイプ支え(Lehne)と衝突を繰り返した結果、左右にへこみを生じていた。
  

  
左:接着部分の剥がれ、    右:倒れた内部パイプの様子


接着の剥がれ

 接着部分も大きな力には無力であった。 左右のペダル部分が張り出しているこのオルガンのデザインは強度を得ることが難しい。 後部で建築壁面に固定し、前部はワイヤーで吊っているのであるが、左右の揺れによってであろう、ペダル部分とG.O.部分の繋ぎが剥がれてしまった。

 オルガンの剛性の中心はどうしても後に寄りがちになる。 オルガンである以上、前面が開いて音が出なければなければならない。 正面にパイプを並べるのもオルガンのデザインとしてはやめるわけにはゆかない。 その結果正面部分の強度が弱くなる傾向にある。
視覚的に妨げとならないようにオルガン正面部分の強度を増すことは今後の設計において是非考慮するべき課題であろう。

 接着のみならず、ねじ止めがいかに弱いかを見ることができた。 接着は面接合であるが、ねじは点接合になり、各点での負担が大きくなるのであろう。 また各点が強調して外部からの応力に対抗できるとは限らないことも考慮に入れなければならない。

オルガンがさらに左右に開く危険を防止するための処置と危険防止策を大学にお願いして、この日は帰途についた。

自分の設計の至らなさを見ていただくことになり、誠に恥ずかしいところである。 しかし、このオルガンから学ばせてもらったことを多くの関係者に見て頂いて、安全なオルガンにする上での参考にしていただきたい。


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Angefangen Okt.2005