オルガンと地震 IV
対策 II  パイプ編
自分の苦い経験を通して


 「オルガンと地震 I 」の例のように16'のパイプが落下するようなことはなんとしても避けなければならない。 阪神大震災でオルガンが原因の死者が出なかったのは単に幸運であっただけである。 あの時甲南女子大学のオルガンを弾いている人が居たとすれば、確実に命を落としていたであろう。 地震が早朝に発生した幸運に助けられたのである。
小さなパイプであっても油断はできない。 その後当工房でパイプに施した対策の例を以下にお目に掛けます。 参考にしていただきたい。


パイプの足の負担を減ずると同時に、パイプの脱落を防ぐ対策をした例。
パイプの頭部分の内側は銅板で補強されている。 そこに木棒を渡して上部から吊っている。 普段はコイルバネで吊って各部の伸縮に対応できるようにしている。 仮にコイルスプリングが破断しても安全なようにワイヤーが掛けてある。 この方法は16'パイプの低音部6本程度に行っている。 必要に応じてオルガンの天井や天井を支える柱に補強を入れる。

2012年 春 追記: 現在では圧縮コイルスプリングを天井上に取付ける方法を採っている。

 これらよりも小さいパイプ(8'域のF程度までは)も、可能な限り、ロープを使用して天井から吊るようにしている。 それよりも小さいパイプには次項の方法を採っている。

 これらの作業に使用するロープ・紐類は まぐろ延縄漁用の製品を多用している。 強度/太さ が驚くべく大きい物が各種販売されている。

吊り下げ作業をするには大掛かりな準備と時間が必要である。 その前に応急処置としてこのような対策をするようにしている。 パイプが固定ピンから外れにくいようにし、仮に外れても落ちにくいようにロープを通している。 その後、この画像の対策に追加して、固定ピンの頭にもロープをかけてピンが曲がりにくいようにしている。


  

小さなパイプは、仮に脱落しても下まで落ちないよう、化繊の糸でゆるく止めるようにしている。

同様、小さなパイプはパイプ支え(Lehne)に糸で止めている。 手前は作業のために束ねた演奏メカニズム。


 
 大きな正面パイプの落下防止には、天井吊りが最も効果的である。
   しかし、その作業は容易ではない。

2001年3月4日の芸予地震の際のカタリナ大学での落下事故もStifteが弱かったことが原因であった。

しかし、完成した楽器のStifteを強くするのは容易ではない。

東関東大震災で被災したオルガンの修復に当たりながら パイプを降ろさずにStifteを強くする方法を思いついた。

ホームセンターで購入できた材料は必要以上に強かったので少々現場での工作に難儀した。もっと弱い材料でも十分であった。

この方法で、Hafteの半田付けさえ確実であれば、パイプの落下はほぼ防止できると思われる。  16' から 8' 中音部程度までのパイプには容易で簡単に施せる方法である。

16'C-F の音域は、天井吊りをした上で ・ ・ ・この方法を追加するのも良いであろう。

この方法は、材料さえ準備しておけば、定期調律保守の際にも短時間で行える。 他の楽器においても機会を見つけて実施したい。

いずれ画像を提供する。

29.Sep.2011追記

beule  

東関東大震災で被災したProspektパイプ

 正面パイプが地震動に揺すられ、右のHafteの上にある傷は、Stifteが前倒れに曲げられて付いた。

 そして、その右下 Lehneのところに凹みができている。 左右にパイプが揺すられてできた凹みである。

 これだけ揺すられてもHafteは持ちこたえてくれた。半田付けが確実であれば、そしてHafteの材料が十分な厚みを持っていればかなりの地震に耐えてくれるようである。 

 8'台のパイプであれば上の画像のような処置をしておけば、Hafteは十分に耐えてくれて、落下防止には効果が大きいことと思われる。

 Prospekt、特に三角に突き出た塔の先端に立つパイプは どうしてもLehneの掛りが少なくなり、左右に揺すぶられるとこのような傷を残すことになりやすい。

 これらの傷は表からは見えないがLehneとの間に隙間ができ、不安定になったり、ビリ付きが出たりするので、きちんと修正をする必要がある。

 

 

 


固定金具(Hafte)のテスト
我々の工房では試験設備などを準備することは到底できない。 しかし、ある程度のことは工夫で可能になる。
コイルスプリングの規格表にはバネ定数が記されているので、変位を計れば力は我々には充分な精度と確度で判明する。 最大171Kgfまで計れる仕掛けを作っていくつかの試験をしてみた。 16'の開管の重量は80Kg程度である、ので一応充分な強度があると思われる。 半田付けの質が肝要ということになる。

上の画像は半田付けしたHafteの耐久性を試しているところ。 左画像の左側は力が掛かって変形した16'パイプ。 Hafteに不均一な力が掛かった場合、やHafteを作るときに金属にヒビが入った状態での試験なども行った。
他に、パイプを吊るコイルスプリングの耐久性試験、吊金具の耐久性試験 などを行ってみた。
いずれ、200Kgf以上の力を加えて実験が可能な仕掛けにしたいと思っている。  
25.Maerz 06 zugefuegt


番外編: ある輸入楽器である。 これには驚いた。
4階のバルコニーに立っている正面パイプを裏から見たところ。 落ちれば1階まで何の障害もなく落ちる。 1階は人が多数集まる場所である。 今まで大地震が来なかったことが幸いであったという他ない。

 組み立ての時に非常におざなりなパイプ固定作業をしている。 そして、やはり誰か不安を持ったのであろう、ビニール線を追加して縛っている。 しかし、そのビニル線を同じ固定ピンに結んでいるのである。 せめて、手前の木部に固定すれば効果も期待できるが、これではまるで意味を持たない。 このオルガンの定期保守を行っていた人がいたそうであるが、これほどまでに危険意識が無く、かつ思考能力欠如のまま作業をしていたことにはあきれた。 見るだけで、背筋が寒くなる思いであった。

自分のオルガンで起きた事故は幸い人に危害を加えずに済んだ。 今になれば自分の危険意識が足りなかったのである。 上のような例を引き合いにだしたが、常に危険意識をもってそれに対処する気構えを持たなければいけないことを再度肝に銘じるためである。 教訓としたい。


最後に

 今までにいろいろなオルガンを観察してきたが、多くの輸入楽器は地震に対して何もしていないか、してあっても非常に貧弱な対策しかとっていない。

 自分の楽器で事故が発生するずっと前に、恐ろしいと感じた楽器があった。 そこのオルガンを頻繁に使っているオルガニストには「あそこで地震が発生したらばとにかくオルガンから離れなさい、決してオルガンにつかまったりしないで、転がり落ちるようにしてでも離れなさい」と忠告したほどである。

 阪神大震災で崩壊した甲南女子大学のオルガンは、同じ製作者が作った楽器であった。 オルガンが入っている建築にはなんら被害は無かったのに、オルガンは完全に崩壊した。 私が見たオルガンと同じ作りであればあのオルガンが崩壊したのは何ら不思議ではない。 聞くところによると、建築側ではオルガンのために多数のアンカーを準備していたのにその一本も使っていなかったそうである。 地震を感じた経験すらない多くのヨーロッパのオルガン製作者が地震に適切に対応できないことはある程度理解できるが、日本側で何ら忠告をしなかったとすれば非常に無責任なことである。

甲南女子大学で以前と同じオルガンが復興し、記念コンサートが催された時の報道は美談としての報道であった。 これに疑問を持った読者は皆無であったことと思う。 しかし、私の目からすれば美談であるどころかこれはスキャンダルである。

かなりの数のホールのオルガンはかなり危険な状態のまま放置されていることは事実である。 特に正面のパイプに対策が施されている例はほとんど無いように思う。

 事が起こってから自分のオルガンを反省した恥を公にするのは一つには自らを戒めるためでもある。 自分の過去のオルガンには機会を作っては改良を施している。 とはいえ申し訳ないことではあるが、我々の規模では費用負担には耐えられない。 定期保守の折に行える地震対策には限りがある。 すでに幾つかのオルガンでは施主のご理解を頂いて全面的に対策を施すことができた。


本項が地震対策見直しの参考になれば幸いである。 

今後も新たな対策案に気付いた場合、対策画像を見つけた場合には随時追加更新する予定です。

追記:一旦『完』としたが、2011年3月の東日本大震災のオルガン被災状況などを以降に追加しております。


地震対策についての調査ご依頼を受付けております。

地震Topページへ
 修復作業 対策編 I   東日本大震災関連2011年追加

須藤オルガン工房Topページへ


Angefangen Okt.2005